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宮古島と那覇で11年、圧倒的に子育てしやすい沖縄が好き

目次

 東京から宮古島・沖縄本島に移住して11年

こんにちは、Mikanと申します。
私は東京から移住し、宮古島・沖縄本島に合計11年暮らしています。
東京では医療関係の仕事に従事し、往復2時間半かけて通勤するという都内では一般的な生活をしていました。
今回は、そんな私が沖縄移住を決意した経緯、実際に11年暮らしてきた中で感じたことをお話したいと思います。

 

沖縄移住のメリット~私の経験から

沖縄に移住して11年になる私が沖縄移住のメリットだと思うのはこちら。

綺麗な海が近くにある

綺麗なオキナワンブルーの海が身近にあるのが一番のメリットです。

過ごしやすい冬の気候

寒波が来ると突然寒いことはありますが、沖縄の冬は基本的には温暖で、過ごしやすいです。

実は過ごしやすい夏の気候

沖縄の夏はすごく暑いと思われがちですが、実際のところは木陰に入ると意外に涼しく、都会のコンクリートからの熱反射に比べると天国のように思います。

地震が少ない

本土よりも地震が少なく、あっても小さいので安心して暮らせます。

原子力発電所がない

原子力発電所がないのは大きなメリットだと思います。
何かあったらどうしよう…の不安に苛まれることなく日常生活を送れます。

家の作りが頑丈で防音性に優れる

台風対策としてなのでしょうか、コンクリート造で頑丈、防音性に優れた建物が多いです。

子育てしやすい

人々の子どもや子連れへの視線があたたかく、子どもが遊べる大きな公園や子ども向けのイベントの企画もたくさんあって、子育てがしやすいです。

車移動で楽チン

どこへ行くのにも車で移動ができて楽チンです。
ガソリンの値段や車の自賠責保険料も安めの設定なので助かっています。

新鮮で美味しい沖縄県産食材を簡単に手に入れられる

近所のスーパーやファーマーズマーケット、市場などで、肉・魚・野菜・フルーツなどの新鮮かつ美味しい県産食材を手に入れられるのが嬉しいです。

沖縄料理が美味しい

大好きな沖縄料理がいつでも手軽に食べられます。

 

沖縄移住のデメリット~私の経験から

もちろんいいことばかりではなく、デメリットもあります。

車がないと生活しづらい

ゆいレールが通る地域を除いては車がないと生活がしづらいです。

道が渋滞する

公共手段を使わない多くの人の移動手段はバイクか車なことが多く、通勤時間帯には渋滞が発生しやすいです。
特に夏の観光シーズンの通勤時間帯や週末の幹線道路は渋滞でなかなか進みません。

湿度が高くてモノがカビやすい

沖縄は年間を通して湿度が高く、モノによってはカビやすいので管理に注意が必要です。

春は黄砂、PM2.5で空気が悪いことも

時期によっては大陸からの黄砂やPM2.5で空気が悪くなることがあります。

オスプレイが普通に真上を飛んで煩いし怖い

オスプレイが普通に市街地の上を爆音を響かせながら飛びます。

通販の送料が高い

移住前から覚悟はしていたことなのですが、通信販売でものを買った時の送料は基本的には他地域より割高で、到着までの日数も掛かります。

バスタブがある物件が少ない

温暖な気候だからなのか、バスタブがなくシャワーだけという物件が結構あります。

 

10代の頃から沖縄に憧れていました~移住を決意するまで

テレビCMで見た青い海と空

「沖縄いいなぁ、あんなところに住んでみたいなあ…」そう思ったのは中学生だったか高校生だったか。
とにかく学生時代にテレビCMか何かで見た青い海と空に憧れを抱いたのが最初です。
とはいえ漠然とした憧れにすぎず、仕事が忙しくなるにつれて沖縄に住んでみたいという思いすら忘れてしまっていました。

20代半ばで初めての沖縄旅行

沖縄への憧れを思い出したのは、大学病院に勤務していたときです。
当時、沖縄にはまっているという大学院生と知り合い、瀬底島の素晴らしさを力説されるうちに「沖縄に行ってみたい…激務で疲れている自分に必要なのは癒し…」と感じるようになり20代中盤に初めて沖縄本島を訪れました。

初めての沖縄で高台から沖縄の青い海と空を眺めたとき「学生時代に見たテレビCMで見た!」と強烈に思い出しました。
それから沖縄にはまり、まとまった休みが取れる度に沖縄を訪れました。

「宮古島の海が魚がいっぱいで宮古ブルーで凄いらしいよ!」と聞くや、次の休みには宮古島を訪れ、気がつけば年4回も宮古島を訪れるようになっていました。
宮古島では、空港や宮古島の要所要所で無料でいただける宮古島観光ガイドブックから宮古島の飲食店情報を得ていました。
その頃は移住を考えていたわけではなかったのですが、結果的にガイドブックでウィークリーマンションや仕事情報なども目にしていたのが、のちに宮古島移住を考えるときに役立ったように思います。

 

東日本大震災を機に沖縄へ~移住を決意した理由

東日本大震災で宮古島に避難

その後、出産を経て「来月ごろから仕事に復帰しよう」と思っていた育休5ヶ月目に東日本大震災が起こりました。
地震が怖いし、放射能も怖いし、一応避難しようと思いました。

「どこへ?」と考えたときに、慣れ親しんだ宮古島しか頭に浮かびませんでした。
「本当に宮古島?そんなに遠くでいいの?」と思い考え直そうとするも、やはり宮古島しか思い浮かばず、宮古島へ行こうと決めました。

数日分の荷物を持ってウィークリーマンションへ

考え始めてから決意するまでは数日でした。

ガイドブックに載っていたウィークリーマンションに予約の電話をし、とりあえずの寝床を確保。
あとはスーツケースにまるで旅行程度の数日分の着替えや赤ちゃんのお世話に必要なものなどを詰め、子どもをベビーカーに乗せ、空港に向かいました。

大好きな宮古島でしたが、そのときの私には「揺れから解放されたい、不安から解放されたい、宮古島に癒されたい」という思しかありませんでした。
ただ、不思議と不安はありませんでした。
ほとんど準備もなく出発したので、情報は足りなくて当たり前。
知ってる土地だしなんとかなる…と大して気にしていませんでした。
「宮古島で落ち着いてから、気になることが出てくればひとつひとつ片付けていけばいい」と思っていました。
いちいち鳴り響く地震警報とそれに続く地震の揺れ、放射能の不安の方が嫌でした。

宮古島から沖縄本島へ

宮古島には1年ほど住みましたが、しばらくした頃から、もう前のような旅行者気分での滞在が楽しめないような気がしてきました。
また、東京暮らしが長かったこともあり、きちんと住むのなら都会暮らしの方が合っていると感じるところはあったので、宮古島よりも都会な沖縄本島への再移住を考え始めました。

当時の宮古島には支那そば屋さんやタイ料理などのエスニック料理屋さん、中華料理屋さんなど、自分に欠かせないジャンルの飲食店がなかった(あったのかもしれないけど見つけられなかった)のもちょっとした理由にはなっていたかもしれません。
というわけで、今度は沖縄本島への移住を決意しました。

東京に戻るつもりはなかったのか?といえば、圧倒的な子育てのしやすさ、自分自身が沖縄好きということもあり、東京に戻るつもりはもうなくなっていました。

 

家探しと転職~沖縄移住の準備

不動産業者で家探し

沖縄本島移住前にしたことは、家探しと、在宅仕事への転職と仕事を軌道に乗せることです。

家探しはあらかじめ、家探しを兼ねた家族旅行で沖縄本島を訪れたときにしました。
不動産物件はなんとなくネットで見ておいて、気になる物件を持っている不動産屋さんに電話して、気になる物件と条件に合う物件があれば見せて欲しい旨を伝えておき、1社につき2〜3軒を見せてもらいました。
複数の不動産業者にも連絡して、全部で10近い物件を見たかと思います。

在宅でできる仕事へ転職

仕事に関しては、小さな子どもがいて預けられる家族親族が皆無で外に働きに出るのは無理があると思っていました。
そこで、もともと書くことが好きだったこともあり、医療職から執筆業に転職をして少しずつ仕事を増やして行きました。

移住準備で楽しかったこと

移住準備はほとんど旅行のようなものでしたので、楽しかったです。
また、宮古島に続いて二度目の移住なので、ゼロから移住という感じでもなかったので余裕はあったように思います。
物件を見るのに疲れたり、ちょっとした時間があればビーチに行って寛いだり、公園で子どもと遊んだりしました。

移住準備でたいへんだったこと

たいへんだったのは、不動産物件見学 兼 家族旅行での出費です。
そこでうまく見つからなければまた同様の来島を計画するか、見ずに物件を決めるかしなければならなかったので、旅行を兼ねているとはいえ、割と真剣に物件探しをしました。

 

家を探した方法と結果

多くの方が興味を持たれる家探しの方法について、もう少し詳しくお話しておきます。

上述の通り、家は移住前に物件探しと家族旅行を兼ねて沖縄本島を訪れて、2〜3カ所の不動産屋さんから2〜3軒の物件を見せてもらいました。
実際に自分たちでもレンタカーを借りて物件を見て回りました
実際に物件を見ないことには、周りの環境もわからないからです。

実際に物件を見てよかったこと

よかった点はインターネット上の画像からではわからない建物の実際の様子、建物の周りの環境や交通の便なども一気にわかったことです。
現地を訪れることで、駅からは近いけれど夜歩いて帰るのにはちょっとさみしい道だなぁとか、家に至るまでの道の街路樹が素敵とか、スーパーが近くて便利とか、いろいろと知ることができたのがよかったです。

沖縄の物件はバスタブがなくシャワーだけの物件も多いのですが、冬は冷える日もあるので「バスタブあり」は物件探しの条件に入れました。
「オスプレイが真上を飛ばない場所」も条件にはしていましたが、見に行った時にちょうどよく飛んでいるわけでもなく、きちんと確認はしませんでした。

気に入った家が見つかった

結果、気に入った物件が見つかりました。
見学後にそのまま不動産会社に行き、契約書を手渡しで貰って、あとは印を押して郵送して送れば手続き完了という段取りでしたので、手続きのためだけの来島をする必要がなかったこともよかったです。

低空飛行のオスプレイ

 

仕事を探した方法と結果

仕事を探した方法

仕事は自宅で完結できる執筆関係の仕事をインターネット上で探し、軌道に載せるべく移住前から準備を開始していました。
小さな子どもがいて、頼れる親きょうだいもいない土地に住むのだから、何かあればいつでも自分の裁量で動ける状態は維持しつつ、仕事をしていく必要があると思ったからです。

結果、現在も自分のペースで仕事を続けられており、早くから準備をしておいてよかったと思います。

 

大好きな海が近くにある~移住後の生活

移住当初の生活で楽しかったこと、嬉しかったこと

移住当初、楽しいと感じたことはたくさんあります。
まずは、ちょっと足を伸ばせば大好きな沖縄の海に行ける環境にいること。

周囲の人がとてもあたたかいのも嬉しいところ。
大人も学生さんも、男性も女性も、基本的に子どもへの目線がとても優しくてありがたく思います。
知らない人と気軽にちょっとした会話ができたりというのは東京ではまったくなかったことで、自分の気質に合っているだけかもしれませんが、とても心地よく感じます。
沖縄そば、チャンプルー、沖縄の魚、肉、野菜、オリオンビールなど、大好きな沖縄料理や沖縄食材がいつでも身近にあるというのは、移住当初も、そしていまも嬉しいです。

車移動がラクなのも子育て世代には嬉しい点です。
どこに行くのにも車で移動できて、そこまで駐車場に困ることもなく(那覇の中心部は除く)、子連れで荷物が多くても動きやすくて助かっています。
東京では大きな荷物を持ってベビーカーを押して移動していた駅構内でエレベーターが見当たらず、探しても結局なくて、地上に上がるのに凄く苦労した思い出があります。

移住当初の生活で困ったこと

移住当初の生活で困ったことは、とにかく交通関係です。
まずは渋滞
移住初日だったか、カーナビに入力した通りに進んだら、渋滞している道に自ら突っ込んでいってしまい、時間を大きくロスしました。
その後悔から早めに裏道・抜道探しを開始、いまでは裏道・抜道を適度に使って渋滞回避をしつつ運転をしています。

幹線道路の朝夕の通勤時間帯のバスレーンにも数年は悩まされました。
平日の朝7時半〜9時の上り、夜5時半〜7時の下りには幹線道路の一部がバス優先レーンになるのですが、慣れるまでに結構時間が掛かりました。
いまだに左折したい場合など、何メートル手前から左折レーンに入ってよいのかなど、よくわかっていません。

那覇中心部の道路に見られる「時間帯で中央が切り替わる」しくみにも悩まされました。
名は中心部のいくつかの道路では時間帯により中央線が切り替わり、上に○×の表示が出ることで、走っていい道路が1車線だったり2車線だったりと指定される道路があります。
渋滞対策だと思うのですが、慣れない道では「ここは今こっち向きで走っていていいのだろう」とドキドキしながらの運転になります。

都心部の渋滞

移住当初、生活を軌道に乗せるためにやったこと

幼稚園の役員になって地域に馴染むよう努めました。
移住後すぐに子どもが幼稚園に入園、1年目にしてくじ引きで役員になってしまったことで強制的に人との関わりができ、結果、移住先にもスピーディーに馴染めたように思います。
移住してきてすぐの頃はどこの公園がいいとかも全然わからなかったのですが、誘われるままに一緒に遊びに行くうちにいろいろな公園を知ることができました。
行き方や駐車場がどこにあるのかわからないような公園にツーリングで連れていってもらったこともあります。
多少忙しくても、お誘いがあればなるべく参加していくことで友人もでき、たくさんの楽しい場所を知ることができました。

必要に応じて病院探しも頑張りました。
もともと沖縄に住んでいる知り合いに聞いたり、ネットで自分で検索して探したりしました。
地名と科名とでグーグル検索して、病院のホームページを見て決めるようにしていました。

 

移住後の生活

執筆業で生計を立てています

仕事を変えたこともあり東京にいたときの半分程度の収入になっています。
ですが、家賃も半分程度で済んでおり、通勤時間がなくなったこと、冬服を買わなくてよいことで出費を抑えることができています。
一応の生計は成り立っているように思いますが、もう少し余裕がほしく思うところです。

移住後の生活で期待以上によかったこと

移住後の生活で期待以上によかったことは、子育てのしやすさです。
沖縄のみなさんの子どもへの視線が温かなこと、大きな遊具のある公園がたくさんあること、子ども向けのイベントがたくさん企画・開催されることなどです。
ほぼ車移動なのも子育てのしやすさに拍車をかけているようにも思います。

沖縄物産展や酒造の蔵祭りなど、アットホームに楽しめるイベントが多いのもよかったです。
唐揚げなどのテイクアウトができるお店も多く、夕飯を作る時間が取れないときには助けられてきました。

移住後の生活でイメージと違ったこと、残念だったこと

春先に1〜2ヶ月ほど、大陸からのgPM2.5や黄砂の影響で外が真っ白になって遠くが見えなかったり、くしゃみや鼻水が止まらなくなることがあります。
思いのほか受験に熱心なのにも驚かされました。
小学校高学年の子どもが中学受験のためにお弁当を持って夜遅くまで塾にいると聞きました。
もっと緩いものだと思っていたので「昔の東京のお受験みたい」と複雑な思いです。

家賃の高さにもビックリです!
北谷などの海沿いのマンションの家賃が東京以上、2LDK・3LDKで月額30万円だったのには驚きました。
それ以外でも、西海岸の主要都市やその周辺地域では2LDK以上なら月額10万円以上が普通だったりと、思っていたよりも固定費が掛かり、家計への負担が大きいのが考えどころです。

もうひとつ、予想外に困ったのが湿度の高さです。
沖縄は年間を通じて湿度が高めなので、革製品の管理には注意が必要です。
私ははじめの頃は管理が甘くて、ブランドものの革製バッグを数点ダメにしました。

アットホームなイベントが多い

 

沖縄の暮らしと私

沖縄移住は自分に合っていたと思います。

本土に比べて桁違いに暖かく過ごしやすい冬は毎年天国のように思えるし、最近では湿気さえ気をつければ、それ以外の季節も気温的には本土よりも過ごしやすいように思うからです。
それに今のところは在宅仕事なので、どうせならコンクリートジャングルを眺めながら仕事するよりも、適度に緑のある風景を眺めながらの方がいいと思っています。

今のところは子どものやりたいことや夢を応援・協力することにフォーカスして暮らしていこうと思っています。
もう少し時間的余裕ができたら、長年興味のあることの資格の取得をして、それを仕事につなげて行くことができればいいなと思います。
せっかく那覇空港からアジア各地への直行便が出ているので、できれば近い将来、気軽に海外旅行をしてみたいです。